はじめに
かつて「コードを書く」という行為は、プログラマーだけのものでした。
設計書や仕様に沿って、一行一行を丁寧に積み重ねていく作業。そこには意図があり、判断があり、背景がありました。
しかし、時代は変わりました。
今や、AIエージェントを使えば誰もがコードを書ける時代です。
プロンプトを入力するだけで、アプリの雛形やデータ分析のスクリプト、機械学習のパイプラインまでもが生成され、すぐに「動く」コードが手に入ります。
便利になりました。それは疑いようがありません。
ですが、その便利さの裏側で、ある種のもやもやが現場を静かに侵食し始めています。
それは、「このコード、なぜこうなっているのか?」が誰にも説明できないという問題です。
構文も整っているし、テストも通る。けれど、意図や設計上の背景が見えない。
気がつけば、生成されたコードは誰のものでもないまま動いている――そんな感覚に襲われることがあります。
このような状況を、人は皮肉まじりに「バイブコーディング」と呼ぶようになりました。
もともとは「勘」や「ノリ」で書かれた人間の即興的コードを指す言葉だったものが、今やAIが出力したコードに対しても使われるようになったのです。
正直に言えば、この言葉には少し違和感があります。
AIが書いたコードは、決して「ノリ」や「勢い」で書かれているわけではない。
それは、膨大な文脈と統計的根拠をもとに導き出されたものであり、単なる「フィーリング」とは明らかに異なる知性のかたちです。
とはいえ、人間側から見たときに「なぜそうなっているのかが読み取れない」「説明ができない」と感じてしまうのも、また事実。
そうした文脈の断絶こそが、今日「AIによるバイブコーディング」と揶揄される理由なのでしょう。
では、私たちはそれにどう向き合えばいいのか?
AIにコードを書いてもらうことがゴールではありません。
大切なのは、AIが生み出したコードの構造と意図を、人間がどうやって理解し、引き継ぎ、共有できる知識に変えていくか。
その営みの中にこそ、AIと人間が共に開発するための、新しいスタンダードが見えてくるはずです。
本記事では、その実践的な手法として、NotebookLMとマインドマップを使い、コードの「構造」だけでなく、その背後にある「意図」や「背景」までも読み解くアプローチをご紹介します。
それは、NotebookLMとマインドマップを組み合わせた「要件・設計書 → AIコーディング」理解促進方法論です。
NotebookLMの使い方
目的:暗黙の「意図」を可視化し、システム全体を深く理解する
このアプローチの目的は非常にシンプルかつ本質的です。
それは、要件定義書や設計書といった抽象度の高い情報と、そこから実装された具体的なコード(特に直感的に書かれた箇所や、意図が読み取りにくい部分)との関係性を明らかにし、システム全体の構造とその背景にある設計思想・ビジネス要件を深く理解することにあります。
この方法論を支える「3つの基本哲学」
私たちが提案するこの手法は、以下の3つの基本的な考え方に支えられています。
- 多角的な情報源の統合
- NotebookLMのAI機能を活用し、テキストベースの設計資料とソースコードを横断的に解析します。分散して存在する情報を一つの視点で統合し、抽象と具体を橋渡しする視野を手に入れることができます。
- 「なぜ?」という問いを起点にする
- コードが「どう書かれているか」だけでなく、「なぜそのように書かれたのか」という背後の意図に踏み込む姿勢が重要です。
設計上の工夫、技術選定の理由、ビジネス要件に基づいた判断などを探ることで、表面的な理解を超えた洞察にたどり着けます。
- コードが「どう書かれているか」だけでなく、「なぜそのように書かれたのか」という背後の意図に踏み込む姿勢が重要です。
- 視覚化による構造的理解
- 複雑に絡み合った情報同士の関係性を、マインドマップを使って視覚的に整理し、わからない箇所は理解を促すために何度も質問を投げかけます。
NotebookLMとマインドマップによるコード理解促進術
それでは、具体的な手順を見ていきましょう。
ステップ1:情報を集約し、全体像をつかむ
最初のステップでは、理解したいプロジェクトに関するあらゆる情報をNotebookLMに集約することから始めます。設計意図や背景をつかむためには、まず素材を整えることが重要です。
必要な情報をアップロードする
- ■ 要件定義書・設計書
- PDF、Word、Markdown、テキストファイルなど、形式にこだわらず、手元にある設計関連資料をNotebookLMにアップロードしましょう。

- ■ ソースコード
- 注目したい機能やモジュールに関連するコードを、ファイル単位でアップロードします。関数やクラス単位で切り出しておくと、後の分析がスムーズになります。
- ここで重要なポイントです! 残念ながら、NotebookLMは .py や .js といったプログラムファイルを直接アップロードすることはできません(2025年6月現在の仕様)。でも、ご安心ください!以下の方法で、コードの内容をNotebookLMに「読み込ませる」ことができます。
- 【推奨】Markdownファイルに変換してアップロードする
- 【手軽な代替案】テキストファイル(.md)または(.txt)に変換する
💡ヒント: NotebookLMにはファイルサイズや数の上限があります。コード全体を無理に入れようとせず、まずは「注目すべき機能」や「設計が気になる部分」に絞るのがおすすめです。
例).pyを.mdに変換

- ■ 関連ドキュメント
- API仕様書、技術選定の背景、過去の議事録など、設計思想や意思決定の流れが分かる資料があれば、積極的に追加しましょう。
- こうした資料が、コードの“意図”を読み解くヒントになります。
- → これらすべてを1つの「ノートブック」にまとめ、NotebookLM上で横断的にアクセスできる状態を整えます。
NotebookLMで全体像を把握する
ファイルをアップロードしたら、まずはNotebookLMの「AI Overview」機能を使って、プロジェクト全体の概要をざっくり把握します。続けて、以下のような初期質問を投げかけ、プロジェクトの目的や構造を理解していきましょう。
- 「このプロジェクト(またはシステム)の主要な機能は何ですか?」
- 「このシステムは、どのようなビジネス課題を解決しようとしていますか?」
- 「要件定義書の○○章は、設計書のどこで具体化されていますか?」
NotebookLMは、こうした問いに対して文書間を横断しながら答えを返してくれるため、「抽象→具体」へのマッピングが非常に効率的に行えます。
AI Overview機能の例)

ステップ2:要件・設計とコードを紐づける(NotebookLMとマインドマップで往復)
ここからが、NotebookLMとマインドマップの連携による理解促進方法論です。設計書と実装コードの関係性を視覚的に整理し、設計意図や背景を深く掘り下げていきます。
マインドマップの中心を定める
まずはマインドマップツールを立ち上げると、アップロードしたファイルの内容がマインドマップによってまとめられています。これが全体理解の出発点となります。

このマインドマップを開いた後はコード内容が記述されているマインドマップを中心にコーディングの理解を深めていきましょう。

理解を深めたいコードが記載されていそうな処理内容を探し、マインドマップをクリックすると、NotebookLMが処理内容に対する概要を説明してくれるので、コーディングのどの部分を説明しているのかを把握してみてください。
- NotebookLMの質問例
- 「要件定義書の◯◯機能は、どのファイル・クラス・関数で実装されていますか?その主要部分を説明してください」
- 「このコードファイル(例:
main_py.md
)は、設計書のどの機能やモジュールに対応していますか?」
コードの意図や設計思想を深掘りする
- 「バイブコーディング」の背後を探る質問例
- 「この関数(
function_name
)は何をしていますか?どの設計書の要件や思想に基づいていますか?」 - 「このコードブロック(特定の行範囲)は、なぜこのように実装されているのですか?背景にある意図や制約はどこで語られていますか?」
- 「この実装(例:非同期処理、ライブラリ選定、設計パターン)は、設計書のどこからインスピレーションを得たと考えられますか?あるいは暗黙の前提は何でしょうか?」
- 「この関数(
ステップ3:統合・検証・応用 ― 知識を深め、チームに還元する
このステップでは、これまでに得られた情報や気づきを整理・統合し、実践的な知識として活用していきます。
- メモ機能を活用して、気づき・疑問・アイデアをその場で記録
- 学習ガイドやブリーフィングドキュメントで、モジュールごとの理解を体系化
- FAQの蓄積により、自己学習だけでなくチーム内のナレッジ共有も促進
- (可能であれば)タイムラインでコードや設計の変遷を時系列で俯瞰し、背景にある判断を読み解く
こうして得られた深い理解は、プロジェクトの改善や後任者への引き継ぎ、新メンバーのオンボーディングにも役立ちます。NotebookLMとStudioを活用すれば、単なる「読む」から一歩進んだ、「学び、整理し、伝える」開発体験が実現できます。
まとめ:コードの「バイブ」を読み解き、開発をもっとなめらかに
NotebookLMとマインドマップを組み合わせたこのアプローチは、ソースコードだけでは把握しづらい設計上の意図や判断の背景までを体系的に理解するための、有効な手段です。
特に、直感的に書かれたコードや、明文化されていない知識(いわゆる「バイブ」)を解釈する上で、大きな助けとなります。
この手法を取り入れることで、新しく関わる人がスムーズにプロジェクトの全体像を把握できるようになり、仕様変更や機能追加の際にも意図のすれ違いが起きにくくなるでしょう。
また、知識がチーム全体に共有されやすくなり、特定の人に依存しない健全な開発体制にもつながります。
複雑なプロジェクトほど、表面的な動作だけでなく「なぜそうなっているか」を理解することが重要です。
このアプローチを活用し、コードの奥にある思考を掘り下げることで、より深い理解と、なめらかな開発体験を実現してみてください。
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