概要と目的
今回のブログでは、ブロックチェーンのスケーラビリティ問題に対する解決策として注目されているL2技術、特にロールアップ技術について詳しく解説します。
L2技術がどのようにしてトランザクション処理を効率化し、ガス代を劇的に削減するのかを説明し、具体例としてArbitrumやプロトダンクシャーディングの実装方法を紹介します。さらに、L2技術がブロックチェーンの未来にどのように貢献するのかについても考察します。
この記事を通じて、L2技術がもたらす革新の重要性を理解することが目的です。
L2技術とロールアップの仕組み
L2技術とは?
ブロックチェーン技術の急速な発展に伴い、スケーラビリティの問題が顕著になっています。特にイーサリアムのようなパブリックチェーンでは、ネットワークの需要が高まるとガス代(トランザクション手数料)が急騰し、処理が遅延することがあります。
この問題を解決するために登場したのがL2(レイヤー2)技術です。L2は、L1(レイヤー1)のブロックチェーンと密接に連携し、トランザクションを効率的に処理することで、L1の負荷を軽減します。
スケーラビリティの問題とは
暗号資産におけるスケーラビリティ問題とは、主に取引に時間がかかったり、手数料が暴騰したりする問題を指します。 暗号資産は、送金の速さや手数料の安さから技術的革新と捉えられている一面があるため、スケーラビリティ問題に直面することは、暗号資産のメリットを失っているとも言えます。
L2の役割と重要性
L2技術は、トランザクション処理をオフチェーンで行い、その結果を圧縮してL1に送信することで、L1のスケーラビリティ問題を解決します。これにより、処理能力が向上し、ガス代も劇的に削減されます。L2はL1に完全に依存しているため、L1のセキュリティを享受しながらも、独自のスケーラビリティを提供できるのが特徴です。
ガス代のコスト削減効果
L2技術、特にロールアップ技術の導入により、ガス代は劇的に削減されます。具体的には、アービトラム(Arbitrum)やzkSyncなどのL2ソリューションを利用することで、トランザクションのガス代が約90%以上削減される場合もあります。例えば、通常のL1でのトランザクション処理では数十ドルかかることがあるのに対し、L2を利用することでそのコストが数セントから数ドル程度に抑えられることが一般的です。
ロールアップ技術の詳細
L2技術の中でも、最も注目されているのがロールアップです。ロールアップは、トランザクションをL2上で処理し、その結果を圧縮してL1に提出することで、効率的なスケーリングを実現します。
ロールアップには、オプティミスティック・ロールアップとZKロールアップという2つの主要な技術があります。
オプティミスティック・ロールアップ
オプティミスティック・ロールアップは、「楽観的」なアプローチに基づいており、トランザクションを即座に検証せず、そのままL2上で処理します。後から、他のユーザーが不正なトランザクションを発見し、異議を申し立てる機会が与えられるため、セキュリティが確保されます。この異議申し立てのプロセスを「フラウドプルーフ」と呼びます。ZKロールアップ(ゼロ知識ロールアップ)は、ゼロ知識証明(ZKP)技術を活用し、トランザクションが正確に処理されたことを暗号学的に証明します。このアプローチにより、トランザクションを一度に大量に処理しつつ、迅速かつ安全にL1に反映させることが可能です。
技術的な仕組み
トランザクション処理
トランザクションは「バッチ」としてまとめて処理され、その結果を圧縮してL1に送信します。
チャレンジ期間
送信された結果が不正である場合、一定のチャレンジ期間中にフラウドプルーフが実行され、不正が証明されれば、そのバッチは無効化されます。
ガス代の削減効果
Arbitrumを使用することで、ガス代はL1に比べて90%以上削減されます。これは、通常数十ドルかかる複雑なスマートコントラクトの実行が、Arbitrumでは1ドル以下に抑えられることを意味します。
フラウドプルーフのプロセス
不正なRblockの検出
L1のRollupコントラクト内のRblock(ロールアップブロック)について、不正なものを発見したユーザーは異議を申し立てる。Rblockには不正なL2トランザクションが含まれていることが原因。
チャレンジ開始
異議申し立てにより、チャレンジが開始され、該当のRblockに対する2分木探索が行われます。この探索によって、特定のL2トランザクションが不正であることが検出されます。
ワンステッププルーフの生成
不正なトランザクションが特定されると、これを証明するためのワンステッププルーフが生成されます。このプルーフは、Rblockの正当性を否定するものであり、L1に提出されます。
Rblockの無効化
ワンステッププルーフがL1で認められると、該当するRblockは無効化され、その中に含まれていた全てのL2トランザクションが取り消されます。
ZKロールアップ
ZKロールアップ(ゼロ知識ロールアップ)は、ゼロ知識証明(ZKP)技術を活用し、トランザクションが正確に処理されたことを暗号学的に証明します。このアプローチにより、トランザクションを一度に大量に処理しつつ、迅速かつ安全にL1に反映させることが可能です。
技術的な仕組み
ゼロ知識証明
ZKロールアップでは、トランザクションの正当性を証明するためのコンパクトな証明書(SNARKまたはSTARK)が生成され、L1に送信されるデータ量が最小限に抑えられます。
ガス代の削減効果
ZKロールアップを使用することで、トランザクションのコストはL1に比べて70%以上削減されることが一般的です。
どれだけガス代が安くなるか?
ガス料金
プロトダンクシャーディングの導入
イーサリアムのアップデートにより、プロトダンクシャーディングが導入されました。この技術は、L2のデータ保存コストを大幅に削減し、ロールアップの効率をさらに高めることを目指しています。
技術的な仕組み
データアベイラビリティ
プロトダンクシャーディングは、データを分散して保存し、必要に応じて再構築できるようにすることで、L2上のデータ保存コストを削減します。
Blobの活用
新しいデータ形式である「Blob」を使用し、L2とL1の間で効率的にデータを交換することで、トランザクション処理の高速化が図られます。
Arbitrum(アービトラム)の詳細
Arbitrumは、イーサリアムのスケーラビリティとコスト問題を解決するために設計されたオプティミスティック・ロールアッププロトコルです。Arbitrumは、トランザクションをL2で処理し、その結果を圧縮してL1に送信することで、ガス代を劇的に削減します。以下にArbitrumの主な特徴を挙げます。
Offchain Labsが開発し,2021年Arbitrum Oneをリリース.
2023年からはArbitrum DAOが運営「ARBトークン」
スケーラビリティ
Arbitrumは、トランザクションをL2で処理することにより、イーサリアムのスループットを大幅に向上させ、ネットワークの混雑を軽減します。
コスト削減
Arbitrumを使用することで、ガス代はL1に比べて90%以上削減されます。例えば、複雑なスマートコントラクトの実行が数十ドルかかる場合でも、Arbitrumでは1ドル以下で済むことが一般的です。
セキュリティ
ArbitrumはL1のセキュリティを活用して、L2でのトランザクションを保護します。オプティミスティック・ロールアップの仕組みにより、L1上での異議申し立てが可能で、悪意のあるトランザクションが検出された場合、それが元に戻される仕組みを持っています。
互換性
Arbitrumは、既存のイーサリアムスマートコントラクトとの互換性が高く、開発者はほとんどのコードを変更することなく、Arbitrum上でそのままデプロイすることができます。
デベロッパーエコシステム
Arbitrumのエコシステムは急速に成長しており、多くのプロジェクトがArbitrum上で展開されています。これにより、ユーザーは低コストで多様なサービスを利用することができます。
Blobデータの生成とその仕組み
Blobデータの生成
Blobデータとは、特定のデータセット(例えば、トランザクションデータやブロックチェーン上の他のデータ)の塊を指します。このデータは、後にKZGコミットメントを用いて、効率的にその整合性を証明するために使用されます。Blobデータは、通常、L2ソリューションやロールアップ技術で利用され、ブロックチェーンのスケーラビリティと効率を向上させるために使われます。
KZGコミットメントとBlobデータ
KZGコミットメントは、Blobデータの整合性を証明するための暗号技術です。KZGコミットメントの仕組みを利用することで、Blobデータが正確で変更されていないことを簡単に証明することができます。この関係は次のように説明されます。
Blobデータの変換
Blobデータは、多項式に変換されます。具体的には、データセット D を、多項式 f(x)に変換します。この多項式は、Blobデータの各部分を係数として持つように設計されます。
データセット D の定義
まず、生成したいデータセット Dを定義します。これは、Blobデータとしてエンコードする前の元データです。
多項式 f(x)の生成
データセット D を多項式 f(x)に変換します。多項式の形は次の通りです。
KZGコミットメントの生成
この多項式 f(x) に対してKZGコミットメントを生成します。KZGコミットメントの処理の流れは以下の通りです。
KZGコミットメントの処理の流れ
セットアップフェーズ
このフェーズでは、KZGコミットメントを作成するために必要な公開パラメータを生成します。
トラステッドセットアップと呼ばれる手続きが必要で、複数の参加者が協力してランダムな乱数を生成し、それらを使用してパラメータを計算します。具体的には、次のような操作が行われます。
乱数の生成:ランダムなスカラー値 sss を生成し、巡回群 G1 の生成元 Pを使って
という形のポイント列を計算します。
パブリックパラメータの作成:
これらのポイント列と共に、別の巡回群G2で生成されたポイントも使って、最終的なパブリックパラメータ pp が生成されます。
コミットフェーズ
パブリックパラメータと多項式の係数を使って、コミットメント cを生成します。これは、後に検証に使用される重要なステップです。
このフェーズでは、特定の多項式 f(x) に対するコミットメントが作成されます。
多項式の選定:証明者は、自身が証明したいデータセットを元に多項式 f(x)を選定します。この多項式は、対象データを表現するためのものです。
コミットメントの計算:パブリックパラメータ ppと多項式 f(x)を使って、次のような計算式でコミットメント c を生成します。
ここで、fi は多項式 f(x) の各係数を表し、P は巡回群 G1の生成元です。
ウィットネス生成フェーズ
特定の値 x0 での多項式の結果を証明するためのウィットネス w を生成します。このウィットネスを使うことで、検証者はコミットメントが正しいことを確認できます。
ウィットネスは、コミットされた多項式がある値 x0で特定の結果 f(x0) を持つことを証明するために使用されます。
ウィットネスの計算:x0 に対するウィットネス w は次のように計算されます。
このウィットネスは、後に行われる検証フェーズで使用されます。
検証フェーズ
最後に、ペアリング操作を用いて、コミットメントとウィットネスの整合性を検証します。このステップで不正なデータが排除されます。
検証者は、証明者が提供するウィットネスを使って、コミットメントが正しいかどうかを確認します。
ペアリングによる検証:検証者はペアリング操作を使って、次の式が成り立つかどうかを確認します。
ここで、e はペアリング操作を表し、c はコミットメント、P と Q はパブリックパラメータの一部です。
この一連のフェーズを通じて、KZGコミットメントは安全で効率的にブロックチェーン上のデータを証明するための仕組みを提供します。
Blobデータの具体的なユースケース
主にブロックチェーン技術やその関連分野において、スケーラビリティや効率性の向上を目的としたシナリオで見られます。以下は、そのいくつかの具体的なユースケースです。
Blobデータの例
ロールアップ技術によるスケーラビリティの向上
ユースケース:イーサリアムのスケーリング
イーサリアムのようなブロックチェーンは、トランザクション処理能力に限界があります。これに対処するため、ロールアップ技術が使われ、Blobデータが利用されます。具体的には、ロールアップは多くのトランザクションデータを1つの「ロールアップブロック」にまとめ、それをBlobデータとして保存します。このBlobデータは、L2(Layer 2)上で処理され、L1(Layer 1)に定期的にコミットされるため、L1の負荷を大幅に軽減します。
メリット
- L1の負荷軽減
- トランザクションコストの削減
- 処理速度の向上
データアベイラビリティの証明
データアベイラビリティとは?
ブロックチェーン技術や分散型システムにおいて、特定のデータがネットワーク上で利用可能であり、正しい形で存在していることを保証する概念です。
ユースケース:データの整合性保証
Blobデータは、大量のデータセットの整合性を効率的に証明する手段として利用されます。
特に、分散型ストレージやデータアベイラビリティを確保するためにBlobデータが役立ちます。例えば、ファイルコインやアービトラムのようなプロトコルでは、Blobデータを用いて、ユーザーが正しいデータを保持していることを証明し、必要に応じてそのデータにアクセスできることを保証します。
メリット
- データの改ざん防止
- 高速なデータ検証
- ストレージの効率的な利用
NFTの大規模発行
ユースケース:大規模NFTプロジェクト
Blobデータは、NFT(非代替性トークン)の大規模発行プロジェクトでも使用されます。通常、NFTを発行するには膨大なメタデータとトランザクションが必要となりますが、これらをBlobデータとしてまとめて管理することで、スケーラビリティの課題を解決します。Blobデータを利用することで、複数のNFTメタデータを一括して管理し、L1へのコミットメントのコストを抑えることができます。
メリット
- メタデータの効率的な管理
- NFT発行のコスト削減
- プロジェクトのスケーラビリティ向上
プライバシー保護のための機密データ管理
ユースケース: プライバシー保護プロトコル
Blobデータは、機密データを安全に管理するための手段としても利用されます。例えば、ブロックチェーン上で機密性の高い情報を扱う場合、Blobデータに暗号化された形で保存し、その整合性をKZGコミットメントによって保証します。これにより、プライバシーを保護しながらも、データの正当性を第三者に証明することができます。
メリット
- プライバシー保護の強化
- データの安全な管理
- 検証可能な機密データの提供
クロスチェーンのデータ交換
ユースケース:複数ブロックチェーン間でのデータ交換
Blobデータは、複数のブロックチェーン間で安全にデータを交換するための手段としても用いられます。例えば、あるブロックチェーン上で生成されたデータを別のチェーンに転送する際、Blobデータとしてまとめて送信し、KZGコミットメントを利用してそのデータが改ざんされていないことを確認します。これにより、クロスチェーンのデータ交換が安全かつ効率的に行われます。
メリット
- 安全なデータ交換
- 複数チェーン間での互換性向上
- データ改ざんの防止
Arbitrumの詳細とL2技術の未来
前述の計算式と技術的プロセスを踏まえて、ArbitrumをはじめとするL2ソリューションがどのように未来を切り開いているのかを考察します。
Arbitrumは、L2技術を用いてイーサリアムのスケーラビリティを大幅に向上させ、コストを削減することに成功しました。ロールアップ技術を駆使することで、ArbitrumはL1のセキュリティを保持しつつ、トランザクション処理能力を飛躍的に高めています。さらに、これらの技術は、Blobデータの生成やウィットネスの生成といった高度な数学的プロセスを通じて、トランザクションの正当性を確保します。
クライアントソフトウェアアーキテクチャ
https://github.com/OffchainLabs/nitro/blob/master/docs/Nitro-whitepaper.pdf
L2技術の今後の展望
L2技術は、依然として進化を続けています。特に、ZKロールアップやプロトダンクシャーディングのような新しい技術が、ブロックチェーンのスケーリング問題に対するより効率的な解決策として期待されています。
今後、L2技術の発展により、ブロックチェーンの利用がさらに広がり、より多くの分散型アプリケーション(DApps)が低コストで提供されることが予想されます。これにより、より多くのユーザーがブロックチェーンの恩恵を享受し、エコシステム全体が成長していくでしょう。
ZKロールアップの未来
ZKロールアップは、より高度なゼロ知識証明技術を採用することで、トランザクション処理の高速化とセキュリティの強化が進められています。具体的には、zkSync 2.0やStarkNetなどの次世代技術により、スマートコントラクトの実行や、より大規模なデータ処理が可能になるとされています。これにより、従来のブロックチェーン技術の限界を超える新しいアプリケーションの開発が期待されています。
プロトダンクシャーディングの役割
プロトダンクシャーディングは、データのアベイラビリティを確保しつつ、L2でのデータ保存コストを大幅に削減する技術です。これにより、ロールアップ技術がさらに効率化され、L1と同等のセキュリティを維持しながら、より多くのトランザクションを高速かつ低コストで処理することが可能になります。
ブロックチェーンのスケーラビリティ問題を解決するL2技術の重要性
L2技術、特にロールアップ技術は、今後のブロックチェーンの発展において非常に重要な役割を果たすことが期待されています。これにより、より多くのユーザーがブロックチェーンを利用し、分散型金融(DeFi)やNFT(非代替性トークン)などの分野がさらに拡大していくでしょう。
さらに、L2技術の発展により、ブロックチェーンを利用した新しいビジネスモデルやサービスが登場し、デジタル経済の進化を促進することが予想されます。このような技術の進化は、単なるコスト削減や効率化にとどまらず、社会全体に大きな影響を与える可能性があります。
結論
L2技術とロールアップの仕組みを理解することは、ブロックチェーン技術の未来を見据える上で欠かせない要素です。特に、オプティミスティック・ロールアップやZKロールアップ、プロトダンクシャーディングなどの技術がどのようにトランザクション処理を効率化し、ガス代を削減しているかを深く理解することで、ブロックチェーン技術の可能性を最大限に活用することができるでしょう。
また、Arbitrumのような具体的なL2ソリューションの実装例を学ぶことで、実際のプロジェクトでどのようにL2技術が活用されているかを理解し、今後の技術選定やプロジェクト開発に役立てることができます。今後もL2技術の進展に注目し、その可能性を最大限に引き出すことで、より効率的でスケーラブルなブロックチェーンエコシステムの構築を目指していくことが重要です。
終わりに
今回のブログ記事では、L2技術とロールアップの仕組み、特にArbitrumに焦点を当てて、その技術的詳細とガス代削減効果について解説しました。また、ウィットネス生成やBlobデータの処理に関する数学的なプロセスも紹介し、L2技術の核心に迫りました。
L2技術の進化は、ブロックチェーンの未来にとって不可欠な要素となっており、今後もその発展に注目していくことが重要です。新しい技術が次々と登場する中で、これらの知識をしっかりと理解し、適切に活用していくことが、成功への鍵となるでしょう。
コメント